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マカオ半島のカジノ~中国本土と陸続きで観光資源が豊富な外資系カジノ参入の地~

世界最大のカジノ都市・マカオは、中国本土と陸続きの「マカオ半島」とその沖にある「コタイ地区(タイパ島・コロアネ島)」にわかれています。

前回の記事「マカオ・コタイ地区のカジノ~都市計画で外資誘致に成功したIR施設の島~」に続き、本記事ではマカオ半島にあるグランドカジノやホテルをご紹介します。

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マカオ半島とは?

マカオ半島は、珠江デルタの西側河口部から南シナ海に向かって突き出ている小さな半島です。広東省珠海市と隣接しています。

上図の赤い部分がマカオ半島です。面積はわずか8.5㎢、人口密度は2.11万人にも及びます。数値は台東区(面積10.11㎢、人口密度20,629人)と似ていますが、常に大勢の観光客で賑わっているため、体感的な混雑具合は東京都心部をはるかに上回ります。

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沖合にあるタイパ島とは3本の橋で結ばれています。3本の橋は、西から順に「①西湾大橋」「②嘉楽庇総督大橋」「③澳門友誼大橋」といいます。完成順は②→③→①です。

名称 開通日 距離
西湾大橋
(さいわん-)
2004年12月19日 2.2km
嘉楽庇総督大橋
(ガルヴァーリョそうとく-)
1974年10月 2.6km
澳門友誼大橋
(フレンドシップ-)
別名:新マカオ・タイパ・ブリッジ
1994年3月 4.7km

ほかにも2018年10月23日に、香港・珠海市・マカオを結ぶ海上橋「港珠澳大橋(こうじゅおう-)」が開通しました。詳しい解説は「マカオへの飛行機直行便は1日1~2便! 香港経由はフェリーとシャトルバスが快適」をご覧ください。

マカオ歴史地区

2005年に、マカオ半島にある22の建築物と8つの広場を含む地区が「マカオ歴史地区」として世界文化遺産に登録されました。以来、カジノ目当てではない観光客も急増しています。

ポルトガル人がマカオ半島に到来したのは1513年、明王朝から居留権を得たのは1557年のことです。貿易とカトリック布教の拠点となったマカオには、商人やイエズス会の宣教師によってポルトガル文化が持ち込まれました。

一方、統治権は1887年まで中国(明→清)にあり、中国側の役人は自由にマカオへ出入りできました。とくにマカオ半島は本土と陸続きなので、大陸文化が途切れることはありませんでした。

つまり16世以降のマカオ半島では東洋と西洋の文化が同時に成立していたのです。

伝統的な中国の家屋、ポルトガル式の建築物、道教や仏教の寺院、カトリックの教会などが共存するユニークな街並みはマカオでしか見られません。名所が徒歩で散策できる範囲に集中していることもあって、観光人気は高まる一方です。

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貿易港の没落とカジノの発展

16世紀には東アジアの貿易拠点として栄えていたマカオですが、17世紀になると急速に衰退していきます。明清交代の動乱に巻き込まれたり、お得意様だった日本が鎖国してしまったり(笑)、ポルトガル本国で動乱が起こったり……悪いことは重なるものですね。

とくに清朝が広州港を開き、ヨーロッパ諸国と交易するようになった(広東システム、広東貿易)のは致命的でした。

しかし「ポルトガル人の居留地」というアドバンテージが残っていたため、ヨーロッパ人貿易商たちはマカオ半島で休養するようになりました。それに伴ってカジノ産業も成長し、「東洋のモンテ・カルロ」(※モナコの有名なカジノ・リゾート地区)と呼ばれるほど発展を遂げました。

ポルトガル領時代に、すでにモナコに例えられるほどカジノ産業が発展していたからこそ、マカオは2002年以降の外資参入で大躍進を遂げられたのです。

それではマカオ半島にある有名なIR施設をご紹介します!

外資参入前はスタンレー・ホー氏が独占経営

2002年以前のマカオでは、「STDM社(Sociedade de Turismo e Diversoes de Macau(マカオ旅行娯楽会社)」を経営するスタンレー・ホー氏がカジノ経営権を独占していました。

独占権を失った後も「SJMホールディングス」を立ち上げ、2018年6月に96歳(!)で引退するまで、グランド・リスボアなど複数のカジノ経営に携わっていました。

氏は1962年にカジノ経営権を得ると、港を整備し、香港とマカオを結ぶ高速船の定期便を就航させるなど、観光客を集めるために尽力しました。マカオを豊かなカジノ都市に育てたのは、スタンレー・ホー氏です。「マカオの盟主」と呼ばれるのも納得です。

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ホテル・リスボア

「ホテル・リスボア」は1970年代にスタンレー・ホー氏が建てたIR施設です。かまぼこ型をした「南湾湖」正面、嘉楽庇総督大橋の始点である巨大なラウンダバウト前という超好立地にあります。

当初はカジノと12階建てのホテルだけでしたが、1991年の別館増築で総客室数は927室になりました。さらに2008年には後述する「グランド・リスボア」もオープンしました。

ちなみに『深夜特急』(沢木耕太郎)に登場するのが、「ホテル・リスボア」です。1970年当時のポルトガル領マカオやホテル・リスボアのことが知りたい方は、ぜひ読んでみてください。

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グランド・リスボア

「グランド・リスボア」はマカオ半島を代表するIR施設です。52階建て・高さ258mで、マカオで一番高いビルです。ドーム部分のカジノとレストランは2007年2月11日、ホテルは2008年12月にオープンしました。

特徴的な巨大なドームと末広がりの薄型高層ビルは、蓮の花をイメージしてデザインされました。蓮の花はマカオを象徴するモチーフで、区旗にも用いられています。グランド・リスボアは名実ともにマカオのランドマークといえます。

金色の外壁には6万個のLEDが埋め込まれていて、日が落ちると素晴らしいイルミネーションを見せてくれます。

カジノは全部で4フロア。ゲームテーブルが240台、スロットが750台あります。ドーム上部にあるグランド・リスボア・ホテルの客室数は430室です。

ラルク・マカオ(L’Arc Macau)

「ラルク・マカオ(L’Arc Macau)」は、2009年9月20日にオープンした56階建てのIR施設です。外観はポルトガル風でエントランス手前には凱旋門もありますが、内装は中華風の装飾もふんだんに取り入れられています。

ホテルの客室数は283室。カジノはスロットが400台、テーブルが161台です。大半がバカラ用テーブルで、大小用テーブルは少ししかありません。そのため中華系のお客さんも少な目です。

ウィン・マカオの正面にあり、MGMマカオやグランド・リスボアにも歩いて行けます。色んなカジノをはしごしたいなら、ラルク・マカオのホテルは拠点にするのにうってつけです。

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MGMリゾーツ・インターナショナル/MGMチャイナ

MGMリゾーツ・インターナショナル(旧:MGMミラージュ)は、2000年5月に設立されたアメリカの企業です。その子会社である「MGMチャイナ」が、「MGMマカオ」と「MGMコタイ」を運営しています。

特筆すべき点は、「MGMチャイナ」の会長がスタンレー・ホー氏の娘のパンジー・ホー氏であることです。そして日本への参入にも意欲的で、2014年12月には東京オフィスを開設しています。

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MGMマカオ

「MGMマカオ(旧MGMグランド・マカオ)」は2007年12月18日にオープンしました。35階建てで、積み木を重ねたような外観が特徴的です。ウィン・マカオの南隣に位置しています。

カジノフロアは20,620㎡と広く、テーブルが345台、スロットが1035台あります。敷地内にホテルは2つ(MGMマカオホテル、マンダリンオリエンタルマカオ)あって、客室数は合計600室です。エステやショッピングモール、レストランなどカジノ以外の施設も充実しています。

エントランスに設置されている「黄金のライオン像」がとても有名です。またホテルとカジノの間に設けられたリスボン駅風の広場・グランドプラザは、カジノ目当てではないお客さんにも人気のスポットです。

マカオ初のアメリカカジノはウィン・リゾーツ社

2002年にマカオのカジノ経営権を獲得したのは、「SJMホールディングス」(マカオ)、「ギャラクシー・エンターテインメント・グループ(GEG)」(香港)、「ウィン・リゾーツ」(アメリカ)の3社です。つまり新規参入したのは2社であり、完全な外資は「ウィン・リゾーツ」だけだったということになります。

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ウィン・マカオ

「ウィン・マカオ」は2006年9月6日にオープンしたラスベガス式のIR施設です。2005年にオープンした「ウィン・ラスベガス」のマカオ版として作られたので、外観がそっくりです。

メインの建物は「ウィンタワー」(客室数600室)「アンコールタワー」(客室数414室)という2棟で構成されています。1階部分が繋がって広いワンフロアになっていてカジノもそこにあります。ゲームテーブルは212台、スロットは375台です。

ホテル・リスボアの南隣という一等地に建てられて以来、両者はライバル関係にあります。リスボアの売上が落ちたこともあって、現在はウィン・マカオの方が優勢に立っています。

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ギャラクシー・エンターテインメント・グループ(GEG)

ギャラクシー・エンターテインメント・グループ(GEG)は、2002年にマカオのカジノ経営権を獲得した香港の企業です。コタイ地区・コタイストリップでは広い土地を取得して巨大IR施設「ギャラクシー・マカオ」の拡充につとめているのに対し、マカオ半島では堅実にカジノ付きホテルを運営しています。

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スターワールド・ホテル

「スターワールド・ホテル」は2006年にオープンした39階建ての5つ星ホテル&カジノです。客室数は500室、カジノにはテーブルが300台とスロットが371台あります。

17階の屋外にはインフィニティスイミングプールがあり、泳ぎながらマカオ半島の景色が眺められます。シンガポールの「マリーナ・ベイ・サンズ」(ラスベガス・サンズ社)と似ていますね。

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ウィン・マカオの東側、ラルク・マカオの北隣にあります。ラルク・マカオと同じように、周辺のカジノや観光地へアクセスしやすく、拠点にうってつけのホテルといえます。

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シティ・クラブ・カジノ

GEGは2004年から、マカオにあるシティホテルと提携してホテル内にカジノを開いています。それらをまとめて「シティ・クラブ・カジノ」と呼んでいます。現在提携中のホテルは、以下の3つです。

GEGと提携中のホテル

  • ・ワルド・ホテル(2004年7月)
  • ・リオホテル&カジノ(2006年初頭)
  • ・プレジデント(2006年4月)

なおコタイ地区で提携していたグランド・ワルド・ホテルは買収し、現在は「ブロードウェイ・マカオ」として運営しています。

ラスベガス・サンズ社はマカオ半島進出で資産14倍以上に

ラスベガス・サンズ社はGEGのサブライセンスとしてマカオへ上陸を果たしました。「ザ・ベネチアン・マカオ」をはじめとする、コタイ・ストリップのIR施設群が有名ですが、ラスベガス・サンズ社の快進撃はマカオ半島の「サンズ・マカオ」から始まりました。

ラスベガス・サンズ社は最初の3社ではありません。しかしサブライセンスが発行された2002年末以降の行動が素早く、ウィン・リゾーツ社よりも先にラスベガス式カジノを開業することに成功したのです。

マカオでは古くからカジノ産業が発達していましたが、遊べるゲームの種類は限られていましたし、マカオ式のカジノしかありませんでした。そこに当時世界最先端だったラスベガス式のカジノとゲームが登場したわけです。人気が赤丸急上昇するのは当然ですよね。

マカオ・コタイ地区のカジノ~都市計画で外資誘致に成功したIRの島~」でもご紹介しましたが、シェルドン・アデルソン氏ひきいるラスベガス・サンズ社はマカオ半島への進出に成功し、資産が14倍に増えました。

ちなみにフォーブスの世界長者番付において、スタンレー・ホー氏は2006年に59位を記録しているのに対し、シェルドン・アデルソン氏は翌2007年に7位に食い込んでいます。……岡田氏もぜひ成功して、外貨をがっぽり稼いでほしいものです……。

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サンズ・マカオ

「サンズ・マカオ」は2004年5月18日に開業した、マカオ初のラスベガス式大型IR施設です。21,300㎡のカジノにはテーブルが740台、スロットが1,250台あり、ホテルにはVIP向けスイートルームが51室あります。

ホテルの客室数が少ないのは、中国本土からの日帰り観光客をメインターゲットにしているからです。立地もマカオ半島東部のフェリーターミナルからほど近い海辺で、グランド・リスボアやウィン・マカオなどのIR施設密集地区からは離れています。

オープンまでにかかった総工費は2億4,000万ドル。サンズ・マカオの抵当権を引き換えに建設費の投資を募ったのですが、上述のとおりラスベガス式カジノが大好評だったため、精算完了までにわずか1年しかかかりませんでした。

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観光も楽しみたいならマカオ半島へ!

埋立地を活用して新規開発を続けるコタイ地区に対し、マカオ半島では文化財や20世紀以前からあるカジノと新しいIR施設が共存しています。規模や派手さではコタイ地区のカジノにかなわないかもしれませんが、マカオ半島のカジノも独特の味があって魅力的です。

ギャンブルだけでなく観光も楽しみたいなら、マカオ半島への滞在をオススメします。狭い街なので、徒歩で名所を制覇できます。ただし人混みは覚悟してください(苦笑)ちなみに最も観光客が多いのは、マカオ・グランプリが開催される11月です。

この記事ではすべてご紹介できませんでしたが、マカオ半島には小さいものを含めると20以上もカジノがあります。語学的な問題がクリアできる方は、ぜひ小さいカジノ巡りにも挑戦してみてください!

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